ぼるふ〜草原記

ナランの誕生〜草原での子育て 2006年

【2006年】

6月9日19:13。体重4020g、身長53cm。帝王切開によって、ナランエルデネ誕生。

直前の診察で4500gを越えるかもしれないと思われていたので、先生が「残念だね」の一言。いやいや、充分です。産まれたばかりとは思えないほど、髪の毛がふさふさであった。

数日後モンゴルからお祝いの電話をもらう。サンボーがナランの産まれたのを知ったのは、出産翌日の10日だったらしい。ウンドゥルシレット村の電話局からウランバートルに電話があり、男の子が産まれたと聞いて、大喜びをしたらしい。

1ヶ月検診を無事終えて、7月17日の月曜日、私とナランはモンゴルに旅立った。その時のナランは生後1ヶ月と8日。体重は5898g。

飛行機での注意事項は離着陸の高度が変わる時である。この時、耳が痛くなるので、赤ちゃんにオッパイを飲ませるか、おしゃぶりをしゃぶらせるように、と知人からアドバイスあり。ドキドキの離陸の瞬間、ナラン爆睡。何をやっても起きない。慌てて口におしゃぶりを押し込み、引っ張ったり、押し込んだりを繰り返した。すると、口がモグモグと。やった!その調子で離陸は成功。平行飛行になって、映画が始まると、今更ながらナランが大泣き。どうすることもできないくらい。哺乳瓶にミルクを作り、ごまかしごまかし飲ませてだまらせるという感じ。私は汗びっしょり。着陸もまたまた爆睡。離陸時と同じ手を使う。

 

空港に降り立ち、アーヴのサンボーとご対面。まだ1ヶ月なのに、グルグル巻きにされていないことにサンボーびっくり。こんな普通にしていて良いの?と。

早速、車でガナさんのお家へ。赤ちゃんが初めて訪れる場合は、ツァガーンイデー(乳製品)を口に少し入れるか、額につける。

夕方、義母さんのゲルへ。みんなが「ジジグ サンボー(ミニ サンボー)」と笑う。日本でも何をやっても泣きやまない魔の時間がやってきて、急にナランが泣き出して止まらない。突然泣き出して止まらない場合は、ストーブに塩をいれ、パチパチ音のするストーブの上で赤ちゃんを右回りに回す。

ガナさんのお家に戻って、眠くても寝られないナランをグルグル巻き(ウルギー)にした。赤ちゃんは自分の手がビクッと動くのに驚いて目を覚ましてしまうため、グルグル巻きにするとそれが無く安心できるうえ、暖かくて赤ちゃんはぐっすり眠ることができる、とモンゴル人は言う。肝心な足である。足をまっすぐにしてグルグル巻きにすると股関節に悪い影響を与えられているという。確かにモンゴル人は足がまっすぐであることが「美」であると考えており、生まれたときからおもいっきり伸ばしてグルグル巻きにする。しかし、それが身体に悪いと考え始めた病院も出始め、腕はしっかり縛るが足は比較的ゆとりをとって巻くものOKという考え方が出てきたらしい。それでも、ある程度の年齢の人は足もきつく縛るが。

2日ウランバートルに滞在したら、ウンドゥルシレットに行くつもりであったが、ナランが大興奮して収まらないので、5日してから出発した。ウランバートルは暖かかったので、比較的ナランを薄着で連れて行ったら、ウンドゥルシレットは冷たい風がビュービュー吹いていた。そして、いきなり怒られた。モンゴルは風が強いので、赤ちゃんは耳から風邪をひく為、外に出るときは必ず帽子を被せ、風が強いときには耳に綿で耳栓をして風が入るのを防がなくてはならない。

スタッフみんながナランを順々に抱いて、「モーハイ フーフッデ(かわいくない子)」と呼ぶ。赤ちゃんのことはかわいいとは言ってはいけないのだ。

そして、すごい勢いでキスの嵐。でもモンゴルでは強く頬にキスをすると唾液の源が壊れヨダレを出す子になる、と言われていて、ほとんどは匂いを嗅ぐだけである。でも、沢山のキスを受けたナランは、3ヵ月に入る頃から確かにヨダレ大魔王になった。

 

サンボーが羊の放牧から戻ってきた。お父さんの場合、「アーヴィン フー(お父さんの息子)」とか「アーヴィン ゾッツァカ(お父さんの小動物)」と呼ぶ。でも、慣れないサンボーは「アッッヒン フー(お兄ちゃんの息子)」とか「アーヴィン ドゥ(お父さんの弟)」とか訳のわからない名称で呼ぶ。

夕方になり、再び魔の時間が。ストーブ療法の他にも、赤ちゃんが泣き止まないときは、コップに水を入れ、マッチを7本擦ってそのコップに入れる。その水をゲルの外に捨て、コップの口を下向きにしてドアの横に置く。とか、泣いている赤ちゃんの頭の上に水の入った洗面器を掲げ、そこにロウを垂らす。冷えて固まったロウの形が、赤ちゃんを怯えさせているものと考えられており、それを枕の中に入れる。などなどである。

夜ゲルから、赤ちゃんを出すときには煤で鼻筋に沿って1本線を引く。ボル ハッツン トーライ(茶褐色の筋の入ったウサギ)と言われ、その昔、悪霊が子供をさらおうと待ち構えていたが、それを聞いた両親が赤ちゃんの鼻筋に煤で1本線を引いて外に出たところ、悪霊には赤ちゃんが茶褐色の筋の入ったウサギに見え、さらわれずに済んだ、というお話からきている。サンボーはゲルを出なくても、夜になるとボル ハッツン トーライをしたがった。

私の代わりに今年キャンプ場で働いてくれていたサイハントヤからいろんなモンゴル子育て話を聞いた。

例えば、ベビーオイルが無ければ作れば良いと。サラダ油を清潔な瓶に入れ、20分以上蒸す。それでOK。それを赤ちゃんの鼻に1滴垂らして、うつ伏せに寝かせる。それで赤ちゃんが泣けば、詰まった鼻から鼻水が涙とともに出てくる。

赤ちゃんがウンチをしたら、ハルツァイ(塩入茶)で洗う。

赤ちゃんのオムツを代えるとき、新しいものをあてる前に、膝に抱き、足を広げて膝下を「シーッ」と言ってさする。そうすると、おしっこやウンチをする。それからお尻をキレイにしてオムツをあてれば、オムツを1枚洗う手間が省ける。モンゴル式トイレトレーニング。

目にゴミが入ったら、母乳を目にかける。
赤ちゃんが飲んで余った母乳は顔にかけてマッサージ。産毛がキレイにとれる。

眉毛は毎朝、つばでキレイにならしてあげると、りりしい眉毛になる。

なんか、子育てってとっても忙しいなあ。

 

数日後、義姉のバイルマーがナランをお風呂に入れよう!と言う。モンゴルの赤ちゃんのお風呂は濃く煮出したハルツァイ(塩入茶)。羊の骨も一緒に煮出すともっと良い。疲れをとるので、赤ちゃんだけではなく、お年寄りにも良い。

お乳をほしがってばかりのナランに、今度はモンゴル版おしゃぶりを与える。100%脂肪の羊のシッポを長細く切り、茹でるか蒸して人肌くらいに温め、くわえさせる。ナランは勢い良くそれを吸ったのだ、大爆笑。おかげであっという間にブクブク太り、紙おむつのSサイズだと太ももがまわらなくなってしまった。

そうそう、モンゴル人は赤ちゃんのオチンチンに良くキスをする。バイルマーがキスをしようとして、危うくおしっこをかけられるところだった(笑)。モンゴル人は赤ちゃんのウンチやおしっこを決して汚いと考えない。家畜の糞と同様に愛してくれるのだから、おおらかだ。

おしっこといえば、他人の赤ちゃんにおしっこをかけられると妊娠する、というジンクスがある。モンゴル人の赤ちゃんを抱くときには要注意。

サンボーが作ったフェルトのキツネと子供の銀のお守りをオニにぶらさげる。キツネは赤ちゃんの夢の中に現れ、赤ちゃんにイタズラをする。そのため、赤ちゃんが眠る事ができないのでフェルトで作ったキツネをぶらさげ、先客がいるので来なくて良いよ、と告げる。その他、銀で作った弓矢、斧などのお守りがある。
日本で友達からもらったモビールもオニからぶら下げる。良く見えるように、下のほうにぶら下げたら怒られた。これじゃ目が悪くなるじゃない!そっか、モンゴル人の目の良さは、もうこの頃から訓練開始なんだ。

 

義母さんからシャルトス()が届いた。ベビーオイル代わりにマッサージ!と思ったら、シャルトスは、足、足の裏、手の平、鼻の下にしかつけないらしい。お腹をマッサージしたら、これまた怒られた。

それから、馬乳酒を身体に塗ってお日様の下にいると、冬に風邪をひかない丈夫な身体になる、という。

8月の末、ナランが風邪をひいた。ボルツク(揚げパン)を揚げるときに出る煙は、風邪をひかせるので、その時はナランをキッチンから出すように、と言われていたのに、みんなナランがいることを忘れていた。数日後、ナランの唇に白い斑点が出て何だろう?と思っているうちに口の中いっぱいにできてしまった。焦る私に遊牧民のお母さんジャガー エグチは、口の中に何かできたら、ダンナの兄弟が乗って、おもいっきり走った馬のハミをくわえさせろ、という。それって、馬の唾液が沢山ついた鉄をナランにくわえさせろ、という意味だよな。ダンナの兄弟というもの?。しかし、何をすれば治るのか検討もつかなかったので、サンボーが馬を連れてきて、ハミをナランにくわえさせた。嘘みたいだけれど、確かに白い斑点は数日してから消えた。郷に入らば郷に従え。

最後に、赤ちゃんの髪の毛は尊いものなので、むやみやたらに切ってはいけない。3歳を迎えるまで(数え年なので、満2歳のこと)、髪は伸ばし続ける。男の子ももちろん。3歳の誕生日ではなくても良いので、縁起の良い日に、一番信頼している人に最初のハサミを入れてもらうのだ。そんな貴重な髪の毛なのに、サンボーは蝿取り紙にナランの髪の毛をくっつけた。先がベトベトに。でも、切ってはいけない。拭いても拭いて、気がつくと髪の毛の先が鳥の巣のようにからまっている。イカン親父だ。

 

9月24日にウンドゥルシレットを後にする時、ナランの服はもう日本に持って帰っても着られないので、来年の2月に出産するというスタッフにあげるつもりでいた。しかし、他のスタッフにそれはダメだと、怒られる。赤ちゃんの服は神聖なものだから、誰構わずあげてはいけない、と。出産するスタッフは気心の知れた人であるし、あげた服を粗末に扱うとは思えないから良いじゃない、と言ったのだが、赤ちゃんの服はあげるとしても甥っ子、姪っ子までだ、と言われたので、諦めた。なんと、着なくなった赤ちゃんの服は、燃やすか、枕の中身にするらしい。
沢山の人の中で育ったナランは、どんなおもちゃよりも人が好き。めちゃくちゃ愛想が良い。でも、東京の街中でどんなに愛想を振りまいても、笑い返したり、話しかけたりしてくれる人がモンゴルのようには多くない。モンゴルに帰るまでに、この愛想が無くならないことを祈る。やっぱり、人のつながりって大切であることをこの夏、草原でひしひしと感じたものだから。

 

その後、10月4日に日本に帰国した。

10月16日、3、4ヵ月検診に行くと、ナランは体重8540g、身長68cmになっていた。保健士さんの許可が出て、離乳食へ。

11月下旬、湿疹などができて保留していたモンゴルの離乳食であるボルツ入りバンタン(羊肉の乾燥肉入り水団)を作ってあげる。サンボーが羊肉の食べられない子になる事を心配していたので、これは絶対にクリアしなくてはいけない関門である。しかし私の心配をよそに、ナランはパクパクと食べてくれた。ほっと胸をなでおろす。

ある日、友達の旦那さんであるモンゴル人に会ったら、ナランのオチンチンを取る振りをして、「うーん、この嗅ぎ煙草はきついなあ」。モンゴル人は、こうやってかわいがるらしい。そういえば、サンボーの姉のバイルマーはオチンチンにキスをしようとして、いつもおしっこを掛けられそうになって、笑っていた。

生後1ヶ月を過ぎた頃、ナランの額に大きなアザが突然浮かび上がった。なんだろうと心配をしていると、皆が目より上にできたアザは良い印であるから心配するな、と言う。実際に痛がる様子も無いので、私も気にせずにいたのだが、日本の検診でカフェオレ班の可能性があると言われ、一体それは何?と心配に。結局それは杞憂に過ぎなかったのだが、サンボーがお坊さんにアザのことを聞いてくれた。そうすると、とても良い印なのでむやみにその部分を人に触らせてはならない、と言う。気をつけよう。

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